大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(ネ)620号 判決

控訴人 吉田ヨキ

被控訴人 高橋昇二

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し東京都台東区上野北大門町十三、十四番地所在、家屋番号同町十三番、木造木羽葺二階建一棟建坪七坪三合一勺二階七坪三合一勺につき、昭和二十七年五月十四日贈与による所有権移転登記手続をなすべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は主文第二、第三項同旨の判決を求むる旨申立て、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人において、控訴人と被控訴人は昭和二十七年八月十一日に届出をして協議上の離婚をしたものである。被控訴人からその主張の如く昭和二十七年七月三日付取消の書面を同月四日受領したことは認める。と述べ、被控訴人訴訟代理人において、控訴人と被控訴人との間に協議離婚したことは認めない、控訴人の主張する離婚の届出は偽造の書面によるものであるから、被控訴人から控訴人に対し離婚無効確認の訴を提起し、それが目下東京地方裁判所に係属中である。と述べた外は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

〈立証省略〉

理由

先ず被控訴人が控訴人の主張する如く、昭和二十七年五月十四日に前掲請求趣旨記載の建物(以下本件建物という)を控訴人に贈与したものであるかどうかを審按するに、成立に争なき甲第一号証、第五号証、第三号証、原審及び当審における証人園村きよ、同控訴人吉田ヨキ本人、同被控訴人高橋昇二本人(但し後記措信できない部分を除く)の各供述を総合してみると、被控訴人と控訴人は昭和十九年頃上海で結婚し、終戦後同地から引揚げて来て控訴人の郷里長岡市に居たが、昭和二十二年に上京し本件建物の敷地の賃借権を買受けて、同年秋に本件建物を建築し、(この借地権購入及び家屋建築のために要した費用の出所等について当事者に争があるが、結局において本件建物を被控訴人の所有としたことについては、弁論の全趣旨からみて当事者間に争がないところである。)そこでウール洋裁店なる商号の下に主として婦人子供服の洋裁店を経営していた事実、そのうち被控訴人に他の女関係ができたりしたため夫婦間がうまくゆかず、昭和二十六、七年の交から離婚話が持ち上りゴタゴタしていたが、そのいさかいの間にも両人間で、控訴人は被控訴人に対し、本件家屋を呉れれば子供二人を育てながら女一人で独立して生活してゆくとか、被控訴人は裸で家を飛び出して了うと云い合つていた事実、その間昭和二十六年十二月十五日附で被控訴人から控訴人に対し「女との交渉は一切致すまじく万一約を破りたる時は一切の権利を控訴人にまかせ裸のまま家を出る」旨の誓約書(甲第三号証)まで入れた事実、その後も被控訴人の女関係は続き控訴人との不和はつのり、被控訴人は昭和二十七年五月一日遂に家を出て了い、同月十四日控訴人の不在中にウール洋裁店に来て、当時同店に働いていた園村きよに托し、他の条件めいた記載など何もなく単に「自分の名義に関する一切の利権を昭和二十七年五月十五日午前零時に控訴人に贈与する」旨の自筆の書面(甲第一号証)と離婚届用紙(以上いずれも被控訴人の署名捺印あるもの)を置いて行つた事実、当時控訴人の財産としては本件建物とその敷地の借地権、後記上野信用金庫に対する預金、若干の現金等の外は大したものもなかつた事実、訴外園村は当日控訴人が帰つてから、被控訴人の来た趣を話して同人の置いて行つた右書類を伝達した事実を認めることができる。原審及び当審における被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難い。然らば被控訴人は昭和二十七年五月十四日本件建物をふくむ全財産を控訴人に贈与する旨、書面を以て意思表示したものとみるべきであり、控訴人が当時これを受諾したことは、本訴を提起していることからも推認できるところで、結局控訴人主張の如く、本件建物につき夫婦である被控訴人控訴人間に書面による贈与契約が成立したものであると認定することができる。

然るに被控訴人は(一)もし控訴人において昭和二十七年五月十五日現在の被控訴人の全債務を引受けてくれるならば、すべての財産を控訴人に贈与すべき旨の停止条件附贈与契約をしたことはあるが、控訴人において右債務の引受をしないから停止条件は成就しない、従つて贈与契約の効力は未だ発生しない。(二)仮りに右債務引受が贈与契約の条件でないとしても、控訴人が右同日における被控訴人の債務を引受けることを負担とした負担附贈与契約であるから、負担の履行と贈与契約の履行との同時履行の請求でなくてはならない。(三)以上の主張理由なしとするも、被控訴人は昭和二十七年七月三日附同月四日到達の書面で、右夫婦間の契約たる本件建物の贈与契約を取消したから、控訴人の本訴請求は失当である。と抗争するので按ずるに、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は右五月十四日頃には、被控訴人に多額の債務があつたというごときことは、全然了知していなかつたものと認められるし、当審証人外山米治の証言により成立の認められる乙第三号証、乙第四号証並びに当審証人外山米治、同岡田正雪の各証言、当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果(一部)を総合すれば、前記贈与契約当時の被控訴人のはつきりした債務でも三百十万円あり、被控訴人の自陳するものはその外七十六万六千余円ある反面、被控訴人の債権及びその他の財産は上野信用金庫への預金百四十万五千余円の外本件建物(昭和二十五年五月十七日保存登記をしたときの建物価格は僅かに九万二千百円であること成立に争なき甲第四号証で明かである)及び敷地借地権(昭和二十二年八月十八日買受の価額が十一万三千八百円であること成立に争なき甲第五号証で明かである)の価額が百万円を超えないものであることは成立に争なき乙第二号証中に被控訴人自ら記載していることからも推認できるところで、これらの事実からすれば被控訴人の右(一)の主張は、結局贈与というよりは負債を引受ける結果となる如き停止条件を附したこととなるので、当事者間にこのような条件附の贈与を受諾する意思の合致のあつたことを認め、以つて前段認定を覆すことはできない。またこれと同じような理由から、被控訴人主張の(二)の負担附贈与の申込に対し、控訴人がこれを受諾したものと認めて、以つて前段認定を覆すには足らない。

よつて進んで被控訴人主張の(三)の点につき考えてみるに、昭和二十七年七月三日附贈与契約取消の書面が、翌四日控訴人に到達したことは、控訴人の認めるところであり、当時両人は協議離婚届出前(届出の日が同年八月十一日であることは当事者間に争がないので、その効力が現に争訟中であることは前掲のとおりであつても、これは考慮に入れる必要がない。)のことであるから、たとえ前記の如く本件建物贈与契約が書面によるものであつても、民法第七百五十四条により夫婦間の契約として取消すことができるので、右取消は遡及的にその効力を生じ本件贈与契約は消滅したものと云えそうである。然し乍ら民法の右法条は、本来原則として夫婦関係が通常の状態にある場合に適用せらるべきものと解すべく、前記認定した如く、夫が他の女との関係を絶ち切れずに妻との不和がこうじ、離婚届を妻につきつけて家を出て了つたような、夫婦関係がすでに破綻に瀕している場合には、真に已むを得ざる特別の事由でもあれば格別、然らざる限り適用すべきでなく、ことに本件の場合には控訴人としては、夫婦関係破綻した後には独立して子供を養育しつつ生計を立てるため、従来の営業を続けてゆく上に必要欠くべからざる営業の本拠兼住居である本件建物の贈与を受けたのを、一方的に取消されることは、回復し難い損害を蒙ることとなるのは、容易に推認し得るところである。然らばかかる取消権の行使は、たとえ被控訴人の主張するごとく控訴人が債務を引受けて呉れることを内心的には希望して本件贈与をしたのに、控訴人がこれを引受けて呉れないからということが、動機となつたものとしても、決して正当なる権利の行使ということはできない。(右取消権の行使が権利の濫用として許すべからざるものであるという如き主張は、控訴人において口頭弁論で明かにしてはいないけれども、右述べた如く民法の右法条を本件の場合に適用すべきかどうかの判断に関することであるから、当事者の主張をまたずとも当然考慮に入れねばならぬことを附言する。)してみれば本件の場合民法第七百五十四条は適用すべきものではないから、被控訴人の右取消の意思表示は何等の効力を生ぜず、被控訴人としてはその他に、控訴人に贈与した本件建物につき所有権移転登記手続をなすことを拒み得る事由の存することは、別に主張し立証しないところである。

よつて被控訴人に対し本件建物につき本件贈与による所有権移転登記手続をなすべきことを求める控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものである。ところが原判決はこれを棄却しているので相当ならざるものというべく、民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消すべきものとし、訴訟費用につき同法第九十六条第八十九条を適用して、主文の如く判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例